2012/5/1
エッセイ
“出てしまった記録”と“狙って出した記録”
カージナル招待男子1万mの結果を見て思ったこと

 4月29日に行われたカージナル招待の男子1万m
10 村澤明伸27:50.59 13 宇賀地強 27:52.79 16 佐藤悠基 27:57.07 24 竹澤健介 28:15.79 28 松岡佑起 28:55.90 29 高林祐介 29:12.69 30 油布郁人 29:21.29 31 森田知行 29:25.55
 という成績。期待された日本記録もA標準も出なかった。これだけのメンバーが出場してこの記録だったということは、気象条件が良くなかったのかもしれない。これは東日本実業団あたりで取材できるだろう。
 前半の5000mが13分55秒だったという情報がある。気象条件も影響したかもしれないが、結果的に日本記録を狙うにはペースが遅すぎたようだ。例年、好記録が出ている大会だが、ペースメーカーが必ずつくというわけではないようだ。そういえば渋井陽子選手が日本記録を出したときも(2002年)、アメリカ選手と交互に引っ張り合っていた。“他力本願”だけでは記録を出せない大会だったということだ。

 中山竹通さんが27分35秒33を出したのが1987年。高岡寿成コーチが14年後の2001年にカージナル招待で27分35秒09と更新したが、更新幅は0.24秒と僅かだった。日本の男子1万mは中山さんが出して以来25年間、ほとんど伸びていないことになる。長距離関係者からその辺に関する話をときどき聞いているので、ちょっとまとめてみることにした。

 まずは中山さんと高岡コーチの記録の違い。中山さんの記録はよくいうところの“出てしまった記録”。中山さんの27分台はその1回だけ。ライバルの瀬古利彦さんの日本記録を更新したので“狙ってはいた”と思われるが、「狙って、狙って、やっと出した」という感じではなかった(本人の意識ではなく、客観的に見ての判断)。
 それに対して高岡コーチの日本記録は“とことん狙った末に出した記録”。5000m、3000mと日本記録を出し、2000年シドニー五輪では入賞した。そこでマラソンに進出するはずだったが、1万mの日本記録を出していないことが心残りだった。マラソン進出を1年遅らせて2001年春に日本記録に挑んだ。

 どちらに価値があるかといえば、もちろん“狙って出した記録”の方。ちなみに高岡コーチは5000mでその両方を経験している。
 龍谷大4年時の13分20秒43は“出てしまった記録”。本人も「どうして出すことができたのかわからなかった」と述懐している。当然、その記録を再現することはできない。自身の日本記録を13分13秒40に更新したのは1998年。鐘紡(現カネボウ)に入社して6年の月日を要した。
 その頃の高岡コーチは13分25秒以内はいつでも出せる感じだった。1万mもシドニー五輪前にはいつでも27分40秒台は出せた。ただ、その力をつけていても、日本新は両種目とも難産の末だった。「狙って出すのが大変」。それを一番痛感しているのが高岡コーチである。

 今の男子1万mの選手たちは、高岡コーチのシドニー五輪後に当てはまる。日本新を出す潜在力は間違いなくあるが、いざ狙ってみるとなかなか出すことができない。“狙って出す”ことの壁に当たっている。
 さらには、記録を出すには気象条件やペースなどにも恵まれないといけない。いってみれば運であるが、運を引き寄せる力も日本新を出すには必要なのだ。
 高岡コーチは節目節目で必ず結果を残してきた。高校3年の全国高校駅伝4区区間賞。大学4年時の5000m日本新。特に入社4年目(1996年)の日本選手権1万mは神がかり的だった。
 前年の故障の影響で直前まで調子が上がらなかったが、日本選手権に27分49秒89で優勝。初の標準記録突破を最終選考会で果たしてアトランタ五輪代表入り。日本選手権は6月開催。気象条件が悪くなったり、スローペースになったら終わりだった。間違いなく、持っている男だった。

 個人的には今年のカージナルで日本記録が出ると期待していた。“狙って出す記録”に壁があるとしても、有力選手がこれだけ集まれば“壁”にならないと思った。人数がいれば勝負を考えて走ることができる。つまり普通に走っても自然と記録が出るケースに相当する。何人かの指導者も「みんなで行けば27分20秒台が出る」と話していた。
 それでも日本記録は出なかった。今の選手たちが高岡コーチほどの“運”を持っていないということか。それも含めて“狙って出す記録”の壁なのだろう。1万mの日本記録更新は、ちょっとだけ先になるのかもしれない。

 しかし、である。ひょっとすると、インカレで日本記録が出るかもしれない。村澤明伸選手や大迫傑選手、駒大勢が記録を意識せずに留学生選手と走って、たまたま気象コンディションが素晴らしく良くて、という条件が重なったときである。典型的な“出てしまった記録”になるが、可能性がなくはない、と思う。


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